中国不正競争防止法第3回改正/中国の特許無効審判における公然実施の立証(成功例分析)【中国】【特許】【不競法】
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Shangcheng Newsletter Vol. 27 (2025-11)
<中国知財ニュース>
●専利審査指南の改正内容公表、2026 年 1 月 1 日施行へ
●不正競争防止法の第3回改正について
●無効審判における公然実施の立証~二件の成功例の分析を通して
<中国知財ニュース>
●専利審査指南の改正内容公表、2026 年 1 月 1 日施行へ
国家知的財産局は、2025 年 11 月 13 日に専利審査指南の改正内容を公表し、改正後の審査指南を 2026 年 1 月 1 日から施行することを発表した。
今回の改正内容は、本年4月に公表された改正案に対するパブリックコメント募集を経て確定されたものであり、おおむね改正案通りの内容である。具体的には、人工知能(AI)・ビッグデータ等に関する発明や、ビットストリームを含む発明の審査基準と事例が追加された点や、種子法との整合をとりつつ植物品種の保護が強化された点が注目される。また、願書への全発明者の身分情報の記載の要求や、進歩性の審査基準の追加、特許期間調整の延長期間算定ルールの一部変更等も、実務に影響がある改正である。
改正案からの変更点としては、発明者情報には真の発明者である「自然人」を記載しなければならないことが明確に規定された。また、実務界の議論を呼んでいた特実同日出願制度については、改正後の記載において、特許出願に他の拒絶理由がなくなった際に出願人が採り得る選択肢が明確にされた。更に、特定の動画エンコード/デコード方法によって生成されたビットストリームを含む発明のクレーム記載例が変更された。他にも、様々な部分で細部の調整がなされている。
改正内容の詳細は、弊所の次号のニュースレターに掲載予定である。
●不正競争防止法の第3回改正について
不正競争防止法の改正が、2025 年 6 月 27 日に全国人民代表大会常務委員会で可決され、10月 15 日より施行された。同法は、1993 年に制定されて以来、2017 年、2019 年に続く 3 回目の改正を迎えた。今回の改正では、条文数が 33 条から41 条へと増加され、不正競争防止における国の主導が強調された。内容面では、市場の混同行為の定義が拡充された点、ネット上の新たなタイプの不正競争行為が規制された点、域外適用規定が設けられた点などが注目される。主な改正点は、以下の通りである。
1. 混同行為への規制強化
市場の混同を引き起こす混同行為の類型が拡充され、規制が強化された。
具体的に、他人のハンドルネーム(ネットユーザ名)、SNS アカウント名、アプリケーション名、またはアイコン等を無断使用する行為が、混同行為として規制対象になることが明確にされた(第 7 条第 1 項第 2-3 号)。また、他人の登録商標・未登録著名商標を商号として使用したり、他人の商品名、会社名(略称、商号等を含む)、登録商標、未登録著名商標等を検索キーワードに設定したりして、他人の商品であると誤認させ、若しくは他人と特定の関連性があると誤認させる行為も、混同行為として規制された(新設第 7 条第 2 項)。更に、混同行為を幇助する行為も規制対象となることが明記された(新設第 7 条第 3 項)。
日本企業が中国において、自社の商品名やブランド名を含む商号を取得され使用される事件は頻繁に発生しており、これまで商標法第 57 条第 1 項第7 号の「他人の登録商標専用権にその他の損害を与える行為」等の包括規定により処理されていた。今般の不正競争防止法の改正により、このような行為が明確に禁止されたことは朗報である。
これらの混同行為を行った場合、民事上の損害賠償責任が生じる(第 22 条)だけでなく、監督検査部門による停止命令及び過料の対象となり、情状が深刻な場合には、更に営業許可証取り消しの対象となる(第 23 条)。
2.収賄行為の禁止
収賄行為が処罰の対象となることが明記された(第 8 条第 2 項)。改正前は、贈賄は明確な処罰対象となっていたものの、収賄行為の扱いはグレーゾーンとなっていたが、今後は贈賄・収賄行為が処罰の対象となることが明確になった(第 24 条)。
3.ネット上の新たなタイプの不正競争行為の規制
改正では、ネット上で行われる新たなタイプの不正競争行為、具体的には、詐欺、脅迫、技術的管理措置の回避または破壊などの不正な手段によって他の事業者が保有するデータを取得・使用する行為(新設第 13 条第 3 項)や、プラットフォームのルールを悪用して他の事業者に対し虚偽の取引、虚偽の評価、または悪意のある返品等を行う行為(新設第 13 条第 4 項)が、不正競争行為として規定された。また、虚偽の取引や虚偽の評価等の手段により他の事業者の虚偽の又は誤解を与える宣伝を幇助する行為、いわゆるサクラ行為(第 9 条第 2項)も規制対象となった。
オンラインビジネスが日本以上に盛んな中国では、ネット上で様々なタイプの不正競争行為が生まれており、当局による規制とのいたちごっこの様相を呈している。従来、このような新たなタイプの不正競争行為は、第 13 条第 2 項第 4 号の「他の事業者が合法的に提供するネットワーク製品又はサービスの正常な運用を妨害、破壊するその他行為」という包括規定を用いて処理されていたが、今般、それらの行為の一部が、具体的に明文で規定されたものである。
4.プラットフォーム運営者の責任の明確化
プラットフォーム運営者が、プラットフォーム内の事業者に対し、原価割れの価格での販売を強制したり、事実上強制したりしてはならないことが規制された(新設第 14 条)。違反した場合、監督検査部門からの停止命令及び過料の対象となる(新設第30 条) 。
また、プラットフォーム運営者は、プラットフォームサービス契約や取引規則の中でプラットフォーム内の公正な競争ルールを明記し、不正競争の通報、紛争解決のメカニズムを確立し、プラットフォーム上の事業者が法律に基づいて公正に競争するよう指導、規制しなければならない、と規定され、プラットフォーム運営者の責任が明確化された。プラットフォーム上の事業者が不正競争行為を行ったことが判明した場合、法により適時必要な処理措置を講じ、関連記録を保存し、規定に従ってプラットフォーム運営者が所在する県級以上の人民政府監督検査部門に報告しなければならないことが規定された(新設第 21 条)。
5.大企業による支払い遅延の規制
大企業等の事業者が、その優位な地位を濫用し、中小企業に対し、明らかに不合理な支払条件、支払方法、条件、違約責任などの取引条件を受け入れるよう要求し、中小企業への商品、プロジェクト、サービスなどの支払いを遅延させてはならないことが規定された(新設第 15 条)。違反した場合は是正命令の対象になり、期限内に是正されない場合には過料が科される(新設第 31 条)。
6.中国国外での不正競争行為の規制
改正により、中国国外で行われた不正競争行為が国内市場の競争秩序を乱し、国内事業者または消費者の正当な権益を損害した場合には、不正競争防止法及び関連法規による処理の対象になるという域外適用規定が追加された(新設第 40 条) 。具体的にどのような行為が対象になるかは不明であるが、今後、実際の事件における適用が注目される。
●無効審判における公然実施の立証~二件の成功例の分析を通して
一.はじめに
中国の無効審判、侵害訴訟において、公然実施による新規性・進歩性欠如の主張や、先使用又は公知技術の抗弁のために、対象特許の出願日前に自社製品が製造・販売されていた事実を証明したい場面は比較的多い。例えば、自社製品の構造を見た相手方が冒認出願したと思われる実用新案権を無効にしたい場合などが、これに該当する。無効理由として使える特許文献等がない場合、実用新案出願前に自社製品を各種メディアやウェブサイト等で公開していれば、刊行物公知による新規性・進歩性欠如を主張できる可能性がある。それも難しい場合には、自社製品の展示や販売等の公然実施事実を立証することが必要になる。
しかしながら、証拠の形式面に対する要求が厳しい中国の審判及び訴訟において、公然実施事実の立証には、比較的大きな困難を伴う。本稿では、公然実施事実の立証に成功した二つの審決例の分析を通して、最近の実務において必要とされる証拠や、立証を成功させるために効果的な戦略について考察する。
二.中国の審査基準における公然実施の定義
中国の審査指南iによれば、公然実施とは、使用により発明が公開されること、又は使用により発明が公衆の知り得る状態におかれることをいう。公然実施により公開された発明は、刊行物により公開された発明と同様に、新規性・進歩性判断時の従来技術を構成する。中国は、第三次専利法改正(2009年 10 月 1 日施行)以来、公然実施についても世界主義を採用しているため、公然実施行為には中国国外での行為も含まれる。
審査指南によれば、公然実施行為には、公衆がその技術内容を知り得るような製造、使用、販売、輸入、交換、贈与、デモ、展示等が含まれる。ただし、技術内容に関する説明が一切なく、当業者がその構造及び機能又は材料成分を知ることができないような展示は、公然実施には該当しない。公開された製品又は装置が、破壊してみて初めて、その構造及び機能を理解できるものであったとしても、そのような製品や装置を提供する行為は、公然実施に該当する。また、公然実施には、例えばポスターや設計図、写真、サンプル等の公衆が閲覧できる資料を、展示台やショーウィンドウの中に置くことも含まれる。
三.公然実施事実の立証に対する要求
(一)証明すべき事実
公然実施の事実を立証するためには、一般に、
①公然実施による公開時期が対象特許等の出願日前であること(公開日時)
②技術内容が公衆の知り得る状態におかれたこと(公開行為)
③公開された技術内容(公開内容)
の3点を証明する必要がある。
(二)証拠の三要件
中国の審判・訴訟で使用される証拠は、関連性、合法性、真実性の三要件を満たす必要がある。関連性とは、証拠と当該証拠が証明しようとする事実との間に関連性があることを意味する。合法性とは、当該証拠が合法的に取得されたものであることを意味する。真実性とは、当該証拠が捏造等されていない真実のものであることを意味する。
(三)証拠の公証・認証について
上記の三要件を満たすことを証明するため、中国の審判及び訴訟では、証拠を公証することが広く行われている。
中国国内で形成された証拠について、法律上、公証は必須ではないが、実務上は、できる限り公証するのが一般的である。その理由として、審査指南iiや民事訴訟法iii等の規定によれば、公証された証拠は反証が無い限り、そのまま採用される。また、中国の公証人は、依頼者と一緒に店舗に出向いて侵害品を購入したり、実験・計測に立ち会ったりといった出張公証に柔軟に応じてくれる。そのため、証拠取得の多くの過程を公証人の立ち合い下で行うことが可能であり、実務上、そのようにすることが一般的である。
一方、中国域外で形成された証拠については、公証が必須である。数年前までは、公証だけでなく認証も必須とされていたが、無効審判について、2024年に改正された審査指南ivでは認証に関する規定が削除され、公証のみが必須とされた。民事訴訟に関しても、関連の司法解釈vで同様の改正がなされたが、委任状等の身分関係に関する証拠に限っては、公証及び認証viの両方が必須とされているvii。行政訴訟に関しては、域外で形成された全ての証拠について公証及び認証の両方を必須とする条文viiiが改正されていないため、注意が必要である。
(四)証拠チェーンの形成
中国の審判・訴訟における証拠の準備では、しばしば「証拠チェーン」を形成しなければならないと言われる。「証拠チェーン」とは、それぞれが三要件を満たす複数の証拠が組み合わされ、互いに裏付け合って、矛盾やほころびなく一つの事実を立証できている状態を意味する。この「証拠チェーン」を形成するためには、基本的に証拠の購入から輸送、解体、測定と報告書作成までの全過程が公証人の立ち合い下で、又は証拠改ざん等の疑義の生じない第三者により実施されており、それぞれの過程の間にも証拠の改ざんが疑われるような空白の時間が存在しない必要がある。また、証拠間の整合性も必要であり、例えば領収書には、型番等の購入製品を特定できる情報が記載され、証拠製品と紐づけられている必要がある。これらを一つ一つクリアして、相手方当事者からの突っ込みどころがない証拠を準備することが、中国での審判・訴訟における立証の成功につながる。
公然実施という過去の行為の立証にあたり、この証拠チェーンを形成するのは容易ではない。社内資料やウェブ上の情報のみを証拠とした場合、証拠の真実性が認められない可能性も高い。とは言え、出願前の販売事実を過去に遡って公証することはできず、全ての製品について将来の立証のために出荷時に公証を残しておくのは大変な労力である。そこで、過去に販売された製品を後日に公証することになるが、公証作業の開始前に製品が改変等されていないことを証明するのは容易ではない。日本などでの国では出張公証が一般的でなく、全工程を公証するのが難しいという事情もある。以下に紹介する 2 件の事例は、これらの問題をクリアして証拠チェーンを形成し、公然実施事実の立証に成功した数少ない例であり、参考に値する。
四.無効審判での立証例1
(一)書誌事項
・審決番号:第 50181 号(審決日 2021 年 6月 3 日)
・対象特許:「軸流ファン」ZL200710026747.4(出願日 2007 年 1 月 31 日)
・特許権者:広東美的制冷設備有限公司
・無効審判請求人:珠海格力電気股份有限公司
(二)事件の経緯
Midea(美的)、Gree(格力)、AUX(奥克斯)は中国の三大空調機メーカーであり、3 社の知的財産権をめぐる争いは、これまで何度も社会の注目を集めてきた。本件は、Midea から侵害訴訟を提起された Gree が、対抗手段として Midea の関連会社の有する「軸流ファン」の特許権に対し無効審判を請求したものである。Gree は、対象特許の出願日前に販売した複数の自社空調機を用いて無効審判における公然実施の主張、及び侵害訴訟における公知技術の抗弁を行い、いずれも認められた。
(三)本件特許
無効審判を請求された特許権は、空調機の室外機に使用される軸流ファンに関するものである。ファンを構成する3枚のブレードの位置関係及びブレードの形状が特徴となっている。
本件特許は、2015 年に第 17 回中国専利賞優秀賞を受賞しており、その請求項1は、以下の通りである。
【請求項1】
ハブ上に設置された3枚のブレードを含む軸流ファンであって、
ブレードの後縁部がブレードの前縁部の気流が入ってくる方向に向かってくぼんでおり、
3枚のブレードが互いにファンの回転中心軸線を中心として、120°±15°の範囲内で等距離又は不等距離に配置されており、
軸流ファンの外直径を D2、ハブの直径を D1と定義し、(D2-D1)/2をブレード高度Rmと設定し、ブレードの後縁のくぼみ開始位置Aが円周に位置する直径をD3としたときに、(D3-D1)/2=(0.10~0.47)Rmであり、
ブレードの後縁のくぼみ終了位置Bが円周に位置する直径をD4としたときに、(D4-D1)/2=(0.8~1.0)Rmである
ことを特徴とする、軸流ファン。
(四)審判請求人の提出した証拠
このような特許に対し、審判請求人は、出願日前に製造販売された自社の空調機の室外機に組み込まれたファンを証拠として、公然実施に基づく進歩性欠如の無効理由を主張した。
具体的な証拠としては、全国の複数の都市で本件特許の出願日前に販売された自社製品を保有しているユーザを探し出し、公証人を連れてそれぞれのユーザを訪問し、型番及び製造日の表示された空調機の設置状況と、当該空調機を取り外して厳封する全工程とを撮影して、公証証書を作成した。また、ユーザが空調機を購入した際の、型番及び販売日が記載された領収書と、ユーザの承諾書についても公証して提出した。更に、厳封された製品のうちの複数台を、公証人立ち会いの下で計測機関に持ち込み、厳封を一時的に解除して部品を計測し、作成した鑑定書(計測報告書)を証拠として提出した。
その後、再び厳封された製品は、侵害訴訟における公知技術の抗弁のために最高人民法院に提出されたため、無効審判の1回目の口頭審理には持ち込めなかった。これに対し、特許権者から、証拠製品の現物が確認できない点を指摘されたため、審判請求人は、最高人民法院から取り返した製品を無効審判の 2 回目の口頭審理に持ち込み、審判合議体と特許権者の眼前で厳封を解いて提示した。
(五) 公然実施に関する審決の判断
争点1:公然実施証拠の採否について
特許権者は、審判請求人が十年以上前に販売した自社製品の購入者を見つけ出して実物を入手し、領収書の原本及びユーザの承諾書まで取得できたことは一般常識に合わないとし、製品購入者と審判請求人の間に利害関係が存在する疑いがあると主張した。また、証拠の空調機のファンは、公証人の前で撮影・厳封される前に交換された可能性があると主張した。
これに対し、合議体は、証拠製品の購入過程は一般の商慣行に合致したものであり、審判請求人は空調機メーカーとしてアフターサービスの責任を負っているため、顧客情報を把握していることも商慣行に合致すると指摘した。また、特許権者は、審判請求人と製品購入者との通謀協議の証拠を提出しておらず、購入者がその真意に反して公証に協力し、領収書及び承諾書を提出したことは証明できていないとして、その主張を退けた。更に、空調機の設置位置及び取り外しの難しさを考えれば、当初設置された後で交換された可能性は低く、特許権者は部品が交換されたことについて何らの証拠も提出していないと指摘した。
争点2:一方当事者が作成した鑑定書の採否
特許権者は、審判請求人が提出した鑑定書は一方当事者が私的に作成したものであって司法手続き中に作成される司法鑑定書とは異なるため、そのような鑑定書の結論のみに基づいて証拠製品が本件特許のクレームの構成を備えていると判断するべきではなく、鑑定書の信用度が低い、と主張した。
これに対し、合議体は、まず、最高人民法院が2019 年に公表した民事訴訟の証拠に関する司法解釈第 41 条に、「一方当事者が専門的な問題について自ら関連の機関又は人員に委託して出した意見に対し、他方当事者が反論するに足る証拠又は理由をもって再鑑定を申請した場合、人民法院はこれを許可しなければならない。」と規定されていることから、民事訴訟法は一方当事者の委託による鑑定書の証拠としての効力を排除していない、と指摘した。そして、一方当事者が委託した鑑定書が、相応の鑑定資格を備えた鑑定機関又は鑑定人の作成したものであり、鑑定手順が合法的で鑑定方法が科学的であり、鑑定書に明らかな根拠不足等の重大な瑕疵がない場合、他方当事者が反証を提示できなければ、一般的にその効力を認めることを明らかにした。本件審判請求人が提出した鑑定書は権威ある計測機関の作成によるものであり、その手順、方法及び内容に瑕疵がなく、特許権者も問題点を指摘できなかったため、証拠として採用されることになった。
争点3:過去の製品を現在測定したパラメータで判断することの可否
特許権者は、プラスチック製品の経年変化に関する技術文献を提出し、証拠製品は十年以上の使用により変形しており、現時点で計測したパラメータをもって、証拠製品が特許出願日前に本件特許のクレームの構成を備えていたと判断をするのは妥当ではないと反論した。これに対し、合議体は、特許権者の提出した技術文献を考慮しても、証拠製品であるファンに大幅な変形が生じたとの結論は導き難い、と判断した。 また、一般的に、当事者が販売時の部品サイズを証拠として計測・保存しておくのは困難なことも指摘し、提出された証拠製品に大幅な変形をもたらすような腐食や傷等が無かったことからも変形の可能性は低い、として特許権者の反論を退けた。
この判断は、あくまでも証拠となる製品の素材や使用環境などの要素に応じて技術的見地から判断されるものであるが、合議体が過去の製品に対する立証の困難性に配慮した点は特筆すべきである。
(六)本件審決の注目すべき点
本件の審判請求人は、同一の証拠を用いて無効審判における公然実施の主張、及び侵害訴訟における公知技術の抗弁を行い、いずれも認められた。
本件の証拠となった製品は、冷房能力 4000W程度のさほど大型とは言えない空調機だが、壁に取り付けるタイプの装置であったことが功を奏した。過去の裁判例では、公立病院に設置された手すりについて、領収書及び現在の写真から侵害訴訟における先使用の抗弁が認められた例((2011)冀民三終字第 62 号判決)がある一方、ロータリー耕運機の防塵ブレード軸に関する無効審判の審決取消訴訟では、領収書及び型番を付された製品の写真だけでは、製品が購入後に改変されていないことを証明できないと判断されている((2018)京 73 行初 417 号判決)。よって、製品の大きさや設置形態等により、本件と同じ判断を得られない可能性がある点には注意が必要である。
また、本件審判請求人の立証手法では、製品の取り外しから鑑定までの全行程を公証した点、製品上の表示と一致する型番と販売日が記載された領収書を用意した点、同一型番の製品を全国各地から多数探し出して証拠とした点などが、複数の証拠を積み上げて立証に成功した事例として参考になる。
また、本件の審決が、一方当事者が依頼した鑑定書が証拠として採用される条件を明確にした点、過去に遡って公然実施事実を立証することの困難性に配慮し、出願日前の製品を計測したパラメータではなく、現在の製品を計測したパラメータによって構成要件充足性を判断した点も意義深い。
中国知的財産局は、本件審決を 2021 年の十大審決に選定している。
五.無効審判での立証例2
(一)書誌事項
・審決番号:第 567474 号(審決日 2024 年 6月 28 日)
・対象特許:「塗装後耐食性に優れたホットスタンプ成 形 さ れ た 高 強 度 部 品 お よ び そ の 製 造 方 法 」ZL201280016850.X(出願日 2011 年 4 月 1日)
・特許権者:日本製鉄株式会社
・無効審判請求人:宝山鋼鉄股份有限公司、株式会社 POSCO 他 2 社
(二)事件の経緯
日本製鉄が本件特許に基づいた複数の侵害訴訟を提起したのに対し、宝山鋼鉄股份有限公司、株式会社 POSCO 他 2 社の計4社は、それぞれ無効審判を提起した。合議体は計4件の無効審判を併合審理し、宝山鋼鉄が提出した公然実施の証拠に基づいて、請求項1~6は新規性を有せず、本件特許権を全部無効にすべき、との審決を下した。
(三)本件特許
無効審判を請求された特許権は、日本製鉄が保有する、塗装後耐食性に優れたホットスタンプ成形された高強度部品およびその製造方法に関するものである。本件特許発明によれば、主に自動車骨格構造に用いられる Al めっき鋼板をホットスタンプ成形加工する際に、めっき層にクラック発生を抑制する特別の成分元素を添加しなくても、めっき層に発生するクラックの伝播を抑制することができる。本件特許の無効審判における訂正後の請求項1は、以下の通りである。
【請求項1】
ホットスタンプ成形された高強度部品であって、
鋼板の表面に Al-Fe 金属間化合物相を含む合金めっき層を有し、
該合金めっき層は、複数の金属間化合物の相から構成されており、
前記複数の金属間化合物の相中の Al:40~65質量%を含有する相の結晶粒の平均切片長さが 3~20μm であり、ここでいう平均切片長さとは、鋼板と平行な方向に測定された長さであり、
該 Al-Fe 合金めっき層の厚みの平均値が 10~50μm であり、
該 Al-Fe 合金めっき層の厚みの標準偏差の厚みの平均値に対する比が、次式:0<厚みの標準偏差/厚みの平均値≦0.15 を満足し、
該 AL-Fe 合金めっき層が Si: 2~7質量%を含有する、
ことを特徴とする、塗装後耐食性に優れたホットスタンプ成形された高強度部品。
(四)審判請求人の提出した証拠
このような特許に対し、審判請求人は、出願日前に製造販売された Fiat 500 の車体に使用された鋼板を証拠として、公然実施に基づく新規性・進歩性欠如の無効理由を主張した。
具体的な手法としては、審判請求人の宝山製鉄の欧州関連会社を通して依頼されたイタリア弁護士が、ミラノの中古車代理店で 2009 年 1 月 30 日登録の Fiat 500 型自動車を購入し、同車両は、売主により自動車修理工場に搬送された。その後、修理工場の専門作業員により前バンパー、左右のサイドパネル、左右の B ピラーが取り外され、梱包されて FEDEX で中国上海に向けて発送された。また、ミラノの公証人により上記の全過程を記載した公証書類を作成し、添付書類として、中古車代理店の法定代表者による販売証明書及び保険証明書、修理工場到着時の車両プレート写真、車両部品の解体前の写真、解体して梱包し封印にサインした写真、輸送伝票、及び在ミラノ中国領事館による認証書類を添付した。
上海に輸送された荷物は、請求人の代理人および公証人により FEDEX 倉庫から取り出され、宝山製鉄の関連会社の工場で開封されて、レーザー切断機で前バンパー、サイドパネル、B ピラーを切断して試料を採取し、そのうち 2 組が公証人により上海市宝山区公証局に保管された。後日、公証人は代理人と共に、保管された試料の一組を計測機関のスタッフに渡して検査を実施し、試料の化学成分、鋼板強度、合金めっき層の成分、厚さ、標準偏差、偏差比等を計測して、証拠となる計測報告書を作成した。
(五) 公然実施に関する審決の判断
争点:公然実施証拠の採否について
口頭審理において、特許権者は、車両の保険証明書及び修理工場の人員の証言だけでは、車両に対し補修がなされていないことは証明できず、また、中古車代理店から修理工場への輸送過程が公証されていないため、その間に部品を交換された可能性
があると指摘した。
これに対し、合議体は、まず、車両の購入から解体完了まで公証人が常に立ち会っていたことが証明されており、これは標準的な公証手続きであると指摘した。その上で、中古車販売店から修理工場への輸送過程については、公証人の立ち会い下で実施されたとの記載はないものの、公証人が全行程に随行するのは慣例であり、また、この運送過程は売主が担当しているため、仮に公証人が随行していなかったとしても、売主には販売された車両の完全性を運送中に保証する義務がある、と認定した。更に、売主は、自動車・オートバイ等の車両の販売、管理およびリースを業とする第三者企業であり、購入者との間に関係があることを示す証拠はなく、また、同社が購入者と共謀して車両の保険情報に関し虚偽の証明を行ったり、車両の中核的な部品を交換したりすることを示す証拠も存在しないとして、審判請求人と中古車代理店との通謀協議の可能性を否定した。また、車両の保険情報や修理工場の専門技術者による証言も、車両の分解された部品が交換されていないことを証明している、と認定した。その際、特に修理工場の専門技術者は車両の修理に豊富な経験を有しており、車両の中核部品であるピラー等を解体した後で、その中核部品が交換されたか否かについて正確な判断が可能であり、公証人の立会いの下では通常より慎重に意見を述べる傾向があると指摘した。
更に、証拠では、車両の複数の部品(フロントバンパー、衝撃吸収ビームおよび B ピラー)について解体・検査が行われており、これらの部品はいずれも車両の主要な構造部品であり、車両の安全性に重要な役割を果たすものであって、重大な事故が発生しない限り、これらの部品を同時に交換することは非常に稀であり、仮に交換されたとしてもその痕跡が残りやすい、とも指摘した。
そして、合議体は、証拠の内容を総合的に勘案すると、請求人は既に立証責任を尽くしており、その証拠は相互に裏付け合い、完全な証拠チェーンを構成しており、この証拠チェーンは高度の蓋然性の基準に達しており、上記検査部品が購入された車両のオリジナル部品であることを証明することができる、と判断した。
更に、審決では、特許権者がその疑義に関して、反証を提示していない点が指摘された。業界の慣行によれば、同一車種の多数の車には同一のめっき鋼板が使用されるものであり、FIAT 500 も一定の販売数を有する車種であるため、特許権者が反証を
用意することは困難ではないと認定している。つまり、特許権者が、審判請求人の主張に反論したいのであれば、別の Fiat 500 を使って審判請求人と同様の計測を行いさえすれば良いにも関わらず、それを行っていない点が指摘された。そして、審判請求人が立証責任を果たした後に、特許権者が単に疑義を呈するだけで、反証能力を有しながらも立証を行わない場合には、請求人側の証拠の証明力を否定するには足りないと認定した。
その結果、合議体は、公然実施証拠の証明力を判断する際には、証拠の真実性、証拠チェーンの完全性、証明すべき事実との関連性、ならびに反証の影響など、複数の要素を総合的に判断する必要があり、本件では、上記の要素を総合的に考慮した結果、請求人が提出した証拠チェーンはその証明基準を満たしており、かつ特許権者は反証を提出していないため、合議体は上記証拠チェーンの証明力を採用する、と判断した。
(六)本件審決の注目すべき点
本件審決では、公然実施の証拠となる製品が、特許権者や審判請求人が直接販売した商品ではなく第三者の商品である点、及び、当該商品が中国ではなく第三国で購入されている点が特徴的である。審判請求人の最大の勝因は、Fiat 500 という量産品を使って公然実施の証明ができた点だろう。そのため、利害関係を疑われにくい第三国であって、公証人が中国と同様に出張公証に応じてくれるイタリアで、証拠を購入することができた。更に、特許権者が Fiat 500 を購入して反証を用意することが容易であるにも関わらず、それをしていないことから、立証責任の転換も認められた。
本件は立証手法の面でも、あえて中立的な第三国で購入した点、公証人の立ち合いが難しい部分には中古車代理店や FEDEX といった輸送責任のある第三者のサービスを利用した点、審判請求人や代理人の行為は全て公証下で行った点などが参考になる。
中国知的財産局は、本件審決を 2024 年の十大審決に選定しており、「本件は、特許権無効宣告事件における公然実施証拠の審査に関する典型的な事例を示したものである。単一の証拠が形式や種類などの要因によって証明力に限界を有する場合、合議体はさらに、各証拠が相互に裏付け合い、証拠チェーンを形成できるかを判断しなければならない。その際、業界の慣行や経験などの要素を総合的に考慮し、最終的に立証すべき事実が高度の蓋然性という証明基準に達しているかどうかを評価する必要がある。また、本件は、無効審判手続における当事者の公然実施証拠に関する立証責任について、実務上の指針を示したものである。審決では、請求人がすでに立証責任を尽くしている場合に、特許権者が当該事実に対して単に異議を唱えるのみで、かつ立証能力を有しながら証拠を提出しないときは、そのことをもって請求人の証拠の証明力を否定することはできない、と判断された。」とコメントしている。
六.終わりに
中国の審判・訴訟における証拠の形式面に対する厳しい要求は、自由心証主義をとりながらも証拠の採用には慎重な態度を取り、主観的判断を可能な限り排除しようとする人民法院および知的財産局の姿勢を示している。しかし、近年では上記2例のように、複数の証拠を組み合わせて証明される事実が「高度の蓋然性」の基準を満たしているか否かを合理的に判断し、相手方当事者に適切に立証責任を転換して、当時者の立証負担を軽減しようとする姿勢が見られる。
例えば、1 件目の事例において、特許権者は、証拠の空調機のファンが公証人の前で撮影・厳封される前に交換された可能性があると主張した。しかし、合議体は、空調機の設置位置や取り外しの困難さを考慮し、部品が交換された可能性は低いと判断した。この判断には、空調機の取り外し前後の状況が全て撮影されており、更に全国各地で複数台の空調機の証拠が公証されている状況も影響したと思われる。空調機の販売から撮影までの十年以上の期間に部品が交換されていないことを直接証明するのは、事実上不可能であることを考えると、複数の証拠の組合せにより個別の証拠の脆弱性を補う判断方式には意義がある。
2 件目の事例でも、特許権者は、証拠の輸送過程の一部に公証されていない時間があり、証拠のすり替え等の可能性があると指摘した。合議体がこの指摘を退けた最大の理由は、審判請求人が立証責任を尽くしているのに対し、特許権者は反証を提供する能力を有しながら、それを行っていない、というものであった。中国の証拠準備の実務では、しばしば、証拠を公証人の監視下に置くことができない「空白の時間」が問題となる。証拠の改変・すり替えの可能性を 100%排除するのは非常に難しく、当時者に多大な立証負担を与えることを考えると、このような立証責任の転換は画期的である。
公然実施事実の立証の成否は、証拠製品の性質(大きさ、形状、販売数量、流通経路、設置場所等)に大きく影響されるため、今後の事件において、必ずしも上記2例と同様の判断が得られるとは限らない。しかし、証拠に対する形式的・機械的な要求が見直され、高度の蓋然性の基準のもとに、当事者にとって現実的・合理的な立証要求を模索する傾向が出てきたのは、歓迎すべきことである。今後、無効審判における公然実施による新規性・進歩性欠如の主張や、侵害訴訟における先使用又は公知技術の抗弁のために立証を行う際は、中国の審判・訴訟で求められる理想的な「証拠チェーン」の形成を最大限に目指しつつも、こうした最新の動きを考慮に入れ、現実的な手法を模索していくことが重要である。
i 審査指南第二部分第三章第 2.1.2.節。
ii 審査指南第四部分第 8 章第 4.3.4 節。
iii 民事訴訟法第 72 条。 2020 年最高人民法院「民事訴訟の証拠に関する若干の規定」第 10 条。
iv 審査指南第四部分第 8 章第 2.2.2 節。
v 2020 年最高人民法院「民事訴訟の証拠に関する若干の規定」第 16 条。
vi 2023 年 3 月 8 日の中国の「外国公文書の認証を不要とする条約(ハーグ条約)」加盟以後は、領事認証 に代えてアポスティーユ(付箋)を使用することが可能である。
vii 民事訴訟法第 275 条。 2020 年最高人民法院「民事訴訟の証拠に関する若干の規定」第 16 条。
viii 2002 年最高人民法院「行政訴訟の証拠に関する若干の問題の規定」第 16 条。