無効審判請求時の「ダミー戦術」について
1.はじめに
『中国専利法』(以下、「専利法」)第45条は、無効審判請求について、「いかなる団体または個人」も行うことができると規定している。そのため、中国の特許実務上、他人の名義を借りて競争相手の特許の無効化を図ることがよくあった。この様な場合に使用される他人の名義は、「ダミー」や、「カカシ」、「ストローマン」と呼ばれている。
ところが、2025年11月に公表され2026年1月1日から施行された中国専利審査指南の最新改正版において、無効審判請求の不受理事由として、新たに「無効審判請求が審判請求人の真実の意思表示でない場合」が追加された(第四部分第三章第3.2節)。これは、「他人名義を使用した無効審判請求を認めない」規定とも解釈できるため、この改正により、これまでよく使われてきた「ダミー戦術」は今後どうなるかが、最新の中国専利審査指南の注目点の一つであった。
近日、ダミーにより行われた無効審判請求の有効性が争われた最高人民法院の判決が公開された。この判決によれば、個人による無効審判請求は、それだけで直ちに無効とみなされるものではないことが示されたが、このような無効審判が提起されること自体から、ダミー請求のハードルが上がっていることが明確になった。ここで示された考え方は、判決と前後して公表された上記改正審査指南の運用にも一定の影響を与える可能性があるため、以下に判決のさわりを紹介したい。
2.事案の概要
事件番号:(2025)最高法知行終71号
判決日:2025年12月29日
無効審判請求人:自然人Α氏
権利者:企業B社
案件の経緯:
2023年10月、Α氏はB社の特許(201710835207.4)に対して無効審判請求を行い、2024年2月に審判合議体は当該特許の全請求項を無効とする審決を下した。B社はこの審決に不服として、北京知財法院に対して審決取り消し訴訟を提起した。その際に、以下のことを主張した。
「専利審査指南第4部分第3.2節の規定によれば、無効審判請求人が民事訴訟資格を有しない場合、その無効審判請求は受理されない。一方、『中国民事訴訟法』の規定によれば、訴訟を提起するには利害関係者である必要がある為、(尚誠注:利害関係者ではない)Α氏は今回の無効審判請求を行う資格がない」
しかし、一審判決では、専利法第45条の規定を理由に、Α氏による無効審判請求資格の正当性を認めた。二審を担当する最高人民法院も、一審判決の結論を支持した。また、発明の進歩性に関しても、一審と二審で無効審判の決定を覆すことはできなかった。
最高人民法院は、A氏の無効審判請求人適格について、以下の様に論じた。
「B社はA氏に無効審判の請求人適格がないことを主張した。これについて、当裁判所は以下の様に考える。即ち、『専利法』第45条の規定によれば、国務院専利行政部門が特許登録を公告した日から、いかなる団体または個人も、当該特許権の授与は本法(専利法)の規定を満たさないと考えた場合、国務院専利行政部門に対して無効審判請求することができる。『専利審査指南』第4部分第3.2節の規定によれば、無効審判請求人が民事訴訟資格を有しない場合、その無効審判請求は受理されない。『民事訴訟法』第51条の規定によれば、公民、法人及びその他の組織は、民事訴訟の当事者となることができる。本件において、B社には、本件特許に対して無効審判請求を提起したことがΑ氏の真実の意思表示ではないことを示す証拠がなく、Α氏がその他の無効審判請求できない法定状況にあることの証拠もないため、係争審決及び一審判決にて認定された、Α氏に無効審判請求適格があるとの認定は不当ではない。」
上記認定にて、最高人民法院はまず、専利法第45条がいかなる団体または個人も無効審判請求できると規定していることを再確認した。その上で、「B社には、本件特許に対して無効審判請求を提起したことがΑ氏の真実の意思表示ではないことを示す証拠がない」と認定した。ここから、真実の意思表示か否かの立証責任は、それを疑う権利者側にあるとの考えが明示されている。上記判決は改正審査指南の施行より前に作成されたものであるが、改正審査指南と同一の文言を使用していることから、その考えが改正審査指南の解釈にも適用される可能性は否定できない。
3.本件判決のダミー戦術への影響と対策について
ここで、現状において、無効審判請求段階での「ダミー戦術」は未だ使用可能であるかについて、上記の判例及びその他の裁判例の状況を踏まえて考察したい。
ダミー戦術への具体的な影響/対策に関しては、以下の様に、請求人側と権利者側の2つの立場に分けて考察する必要があると考える。
請求人側
- ●本件判決では、上記の改正審査指南の施行後も、個人による審判請求が、必ずしも自動的に「無効審判請求が審判請求人の真実の意思表示でない場合」に該当し、無効な審判請求とみなされるものではないことが示された。
- ●しかしながら、改正審査指南の施行に伴い、個人による無効審判請求に対し、請求人の真実の意思表示であることを証明するための手続きが求められるようになり、ダミーによる審判請求に対する手続き負担が増大している。具体的に、現在の運用では、個人名義の無効審判請求があった場合、請求人本人が知的財産局の窓口に出向いて自らの真実の意思による審判請求である旨を示すか、又は、その旨を宣言した公証証書を提出することを求める補正通知書が発行される。また、無効審判において真実の意思表示であるかが問われた場合も、公証証書等の方法で意思表示を明確にすることが必要となる場合がある。
- ●上記の手続きや書類に瑕疵がなければ、審判請求が請求人の真実の意思ではないことの証明責任は権利者側に転換される。
- ●無効審判の審決取り消し訴訟において、審判請求が請求人の真実の意思表示ではないことが認定されても、そのことをもって直ちに審判請求自体が無効にはならないと判断された事例もある。このケースでは、専利代理人は無効審判を請求することができないという代理人条例の制限を回避するために、代理人の母親に審判請求させた行為が、代理人条例違反であり、別途処分されるべきと認定された。((2022)最高法知行終716号判决、参考記事:https://mp.weixin.qq.com/s/LzUsE9yNiYzAzAU3DNAIWA)
- ●以上を鑑みると、現状では、ダミー戦術は必ずしも使えなくなった戦術とまでは言えないが、真実の意思表示の証明負担がこれまでより高まっている。更に、手続きに瑕疵があった場合や、知的財産局/裁判所の判断基準が厳格化された場合には、無効な審判請求とされるリスクもあり、慎重な検討が必要とされる。
権利者側
- ●無効審判請求が請求人の「真実の意思表示ではない」ことを証明できれば、ダミーによる無効審判請求を取り下げさせることができることに変わりはないが、その証明責任は権利者側にある。
- ●上記証明のために、証拠を提示する必要がある。その際、単に請求人が「開発の実力がない」といった請求人の資質を論じることで審判請求を無効にした事例はなく、手続きの瑕疵により「真実の意思表示では無い」ことを証明することが有効である。
- ●これまでの成功例としては、権利者側が、無効審判請求時に提出された委任状と、無効審判中に提出された真実の意思表示を示す公証書類とにおける請求人の署名が異なること筆跡鑑定により証明したところ、審判合議体が請求人の本意を確認できないと認定し、無効審判請求を却下したことがある。(弊所記事 『中国専利審査指南の改正内容について(2026年1月1日施行)』に詳しく解説しております。)
- ●また、請求人が代理事務所の職員やその親戚縁者である場合には、《専利代理条例》第18条により、当該事務所への処分を所管の役所に求めることができる。(上述の(2022)最高法知行終716号判决)
- ●もし発明自体の特許性が揺るぎ難いものであれば、無効審判請求が請求人の真実の意思表示かどうかかかわらず、無効にすることはできない。そのため、合理的な請求項群と高品質な明細書が肝心であることに変わりはない。
4.最後に
改正審査指南が公表された時は、ダミー戦術が禁止になったとの意見もあったが、今般の最高人民法院の判決で示された考え方から、ダミーによる無効審判請求が必ずしも自動的に無効とみなされるわけではないことが分かった。
請求人側から見た場合、ダミー戦術に対しては多少は制限がつき、これまでのような恣意的な運用はできなくなったものの、依然として無効審判で使用される戦術であると予想できる。
権利者側から見た場合、手続きに瑕疵のないダミー戦術を完全に無力化する術は、専利法第45条を改正しない限り、存在しないといえる。その一方で、誰から無効審判請求されても、それに耐えられる合理的な請求範囲と高品質な明細書に勝るものは無く、「基本技が必殺技」とも言えるのではないだろうか。