- 裁判例紹介:製品使用者にも先使用権の援用が認められた事件
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- 製品使用者にも先使用権の援用が認められた事件
1.はじめに
中国では毎年膨大な数の専利出願がなされており、これらを継続的に監視し、自社技術と抵触し得る全ての技術の権利化を阻止するのは、現実的に難しい。そのため、他社権利の侵害リスク管理の一環として、先使用抗弁の利用を検討する場面も、必然的に増加している。しかし、中国の専利侵害訴訟における先使用の抗弁には様々な制限があり、また、結論が明確になっていない論点も少なくない。
その一つとして、製品特許の先使用権については、専利法第75条に、専利出願日前に既に同様の製品を製造し、又はすでに製造、使用に必要な準備を終えており、かつ元の範囲内だけで引き続き製造する場合には専利権侵害とはみなされない旨が規定されている。しかし、先使用権の範囲内で製造された製品の使用、販売及び販売の申し出の行為に先使用権の援用が認められるか否かについては、これまで議論があった。本判決は、最高人民法院がこの先使用権の援用を明確に肯定したものであり、中国での侵害リスクを検討する外国企業にとって参考になる事例である。
- 2.事件情報
- ●事件番号:(2022)最高法知行終839号
- ●判決日:2023年4月
- ●上訴人(一審第三者):淄博市臨淄広臨工贸有限公司(以下、「広臨社」とする)
- ●被上訴人(一審原告):淄博中鵬環保科技股份有限公司(以下、「中鵬社」とする)
- ●一審被告:淄博市市場监督管理局
3.事案の概要
(1)本件の経緯
一審原告の中鵬社は、考案の名称を「自己断熱ブロック用垂直切断専用装置」とする中国実用新案第210161266U号(出願日:2019年5月7日、登録日:2020年3月20日、以下「本件実用新案」とする)の権利者である。中鵬社は、同じ淄博市の広臨社が使用している製造設備が自らの実用新案権を侵害しているとして、2021年12月、淄博市市場监督管理局に対し行政差止めの請求を行った。
市場監督管理局による現場調査の結果、広臨社の工場では、本件実用新案の構成要件を充足する2台の装置が発見された。そのうち1台目には、常州市名杰建材设备制造有限公司(以下、「名杰社」とする)のプレートが付いており、広臨社は、2012年1月2日に名杰社と締結した売買契約書を提出して、合法的な出所から購入した製品であることを主張した。2台目については、出所が明らかにされなかった。
市場監督管理局は、行政処分に際し、2台の設備が中鵬社の実用新案権の全ての構成要件を満たすことは認めたが、広臨社には専利法第75条に規定の先使用権が認められるため、専利権侵害を構成しないとの裁決を下した。これに不服とした中鵬社は、山東省済南市中级人民法院に訴訟提起した。
(2)本件実用新案に係る考案
本件実用新案は、材料を発泡させる等によって断熱機能を持たせた建設用ブロックを、発泡・成形して型から取り出した後に、パレット上で垂直に切断するための装置に関する。
本件考案では、昇降プレートに設けられた支持プレートに回転可能に支持された回転軸をモータで左右に揺動させることで、回転軸に設けられた切断機構(鋼線)を上下左右に往復運動させてブロックを切断する。本件考案の目的は、発泡後まだ完全に乾燥していない、含水率が高く柔らかいブロックを、ひび割れが発生しないように正確に切断して、製品の歩留まりを向上することである。
本件実用新案の請求項1は以下の通りである。
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【請求項1】 自己断熱ブロック専用垂直切断装置であって、 両側の底部に、長手方向に沿って複数組の支持プレート(2)が間隔をあけて設けられている、昇降フレーム(1)と、 2つの支持プレート(2)を垂直に貫通し、支持プレート(2)に回転可能に連結される、回転軸(3)と、 回転軸(3)の一端に設けられ、回転軸(3)を往復回転させるための駆動機構と、 隣接する2つの支持プレート(2)の間に設けられ、回転軸(3)に固定連結されている、切断機構と、 を含むことを特徴とする、切断装置。
【請求項2】 請求項1に記載の自己断熱ブロック専用垂直切断装置であって、 前記駆動機構は、モータ(4)、偏心軸受(5)、横揺動ロッド(6)、縦揺動ロッド(7)及び駆動架台を備え、 前記モータの出力軸は偏心軸受(5)に固定連結され、 前記横揺動ロッド(6)の第1端は偏心軸受(5)の外表面に固定連結され、前記横揺動ロッド(6)の第2端は駆動架台に回転可能に連結され、 前記縦揺動ロッド(7)の第1端は駆動架台にヒンジ連結され、前記縦揺動ロッド(7)の第2端は回転軸(3)に固定連結されていることを特徴とする、自保温ブロック用縦型専用切断装置。 (請求項3-4省略) |
図1

4.主な争点に対する裁判所の判断
本件の争点は、広臨社による装置の使用行為について、先使用の抗弁が成立するか否かである。以下、争点に関連する現行の法規定、及びそれに対する一審・二審裁判所それぞれの解釈と判断を紹介する。
4.1 関連法規定
中国の専利法第75条は、先使用の抗弁について、以下のように規定している。
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第75条: 以下何れかの状況がある場合は、専利権侵害とはみなさない。 (1)省略 (2)専利出願日前に既に同様の製品を製造し、又は同様の方法を使用し、又はすでに製造、使用に必要な準備を終えており、かつ元の範囲内だけで引き続き製造、使用する場合。 (以下省略) |
この条文からわかるように、先使用権が認められるのは、中国国内における「特許製品の製造」及び「特許方法の使用」という実施行為のみである。先使用権が認められる場合、先使用権者の行為については、損害賠償請求の対象とならないだけでなく、差止請求の対象にもならない。
4.2 一審裁判所の判断
一審の済南市中級人民法院は、市場監督管理局による行政裁決を覆し、広臨社による装置の使用が本件実用新案権を侵害すると認定した。その理由は、1台目の装置については、売買契約書により名杰社の製造に係るものであることが明確であり、広臨社の使用行為は専利法第75条に規定の「元の範囲内だけで引き続き製造、使用」と認定できるが、2台目の装置については出所が明らかではなく、先使用権が成立しないため侵害を構成する、というものであった。
4.3 二審裁判所の判断
二審審理において、広臨社は、2台目の装置には「東岳機械股份有限公司製造、出荷日:2013年3月2日」のプレートが付いており、2020年12月頃に中古市場から個人的に購入したものであることを明らかにした。そのため、二審では、2台の設備が本件実用新案権の権利範囲に属することには争いが無い状況において、2台目の設備のプレート及び購入時期に関する広臨社の主張が認められるか、更に、広臨社による装置の使用行為が侵害を構成するか否かが争われた。
まず、2台目の設備について、中鵬社は、プレートが後から付けられた可能性を主張したが、裁判所は、中鵬社の主張は証拠を伴わない疑義に過ぎず、認められないとした。そして、2台の装置の製造者について、先使用権が認められる状況において、広臨社の使用行為について先使用の抗弁が成立するかを判断した。
ここで、最高人民法院は、まず、専利法第75条の「専利出願日前に既に同様の製品を製造し、又は同様の方法を使用し、又はすでに製造、使用に必要な準備を終えており、かつ元の範囲内だけで引き続き製造、使用する場合」に規定された「元の範囲内だけで引き続き使用」は、方法特許の使用行為のみを指しており、本件のような専利出願日前に製造された製品の使用行為は含まないことを明確にした。そのため、広臨社による装置の使用が、専利法第75条の「元の範囲内だけで引き続き使用する場合」に該当するとした一審裁判所の認定は誤りであると述べた。
しかしながら、最高人民法院は、名杰社らが製造した装置を使用する広臨社の行為についても先使用権の援用を認め、侵害を構成しないと判断した。その趣旨について、判決では、「先使用権は、専利法上明文で規定された、主に抗弁という形で行使される権利であり、その主な目的は、正常な生産・事業活動を保護し、公平を実現するとともに、先願主義の制度上の不備を補完することにある。先使用権の上記の目的を実現するためには、先使用権者が従前の範囲内で製造する製品又は特許方法により直接得られる製品が、市場において正常に流通・取引されること、及びその取引の公平性と安全性を保護する必要がある。」と述べている。
その上で、「広臨社の使用する2台の装置は、いずれも合法的な出所を有するものであり、製造者が先使用権を有する場合、その者が従前の範囲内で製造した製品は侵害製品には該当せず、その後に当該製品を購入し使用する第三者についても、同様に特許権侵害は成立しない。」と判断した。ここからは、先使用権者が専利出願前に製造した製品に限らず、専利出願後に先使用権者が従前の範囲内で製造した製品の使用等の行為についても、先使用権の援用が認められると理解できる。判決では更に、援用を認める趣旨について、「仮に、その後の購入者又は使用者が、先使用権者が従前の範囲内で製造した製品又は特許方法により直接得られる製品を使用する行為について、特許権侵害が成立すると認定するならば、それは先使用権制度を設けた本来の趣旨に反することとなり、先使用権制度そのものが有名無実となってしまう。」と述べている。
5.コメント
本件判決では、先使用権を有する者が製造した製品を第三者が使用、販売又は販売の申し出する行為についても、先使用権の援用が認められ、専利権侵害を構成しないことが明確になった。
実際、本判決の前にも、最高人民法院は、特許侵害訴訟再審の裁決((2015)民申字第1255号)において、先使用権者の製造した製品を販売する代理店の行為に対し、先使用権の援用を認めている。当該裁決では、「本件において、製造業者は先使用権を有しているものの、当該製造業者は本件の被告ではなく、抗弁を行っているのは、当該製造業者の取引先である、被疑侵害製品の販売業者である。販売業者が合法的な出所を主張し、その提出した証拠を審査した結果、製造業者について先使用権が成立すると認定できる場合において、単純に製造業者を当事者として追加すること、又は販売業者による抗弁を退けることを求めるとすれば、一方では当事者の負担を増大させることとなり、他方では、先使用権を有する製造業者が製造した製品が適法に流通することとも整合しない。したがって、本件において、被疑侵害製品の販売業者は、製造業者が先使用権を有することを主張することができる。」と述べており、先使用権者の製造した製品の販売行為に先使用権の援用が認めると理解できるが、その趣旨を含めて明確且つ広範に論じたのは、本判決が最初である。
本判決により、先使用権者が製造した製品を購入・使用したユーザや、製品を販売・販売申し出する代理店の行為についても、先使用の抗弁が認められることが明らかになった。ただし、前提として、製造行為に対し先使用権が認められる必要がある点に注意すべきである。製品特許に対する先使用権が認められるのは、中国国内での製造行為に限られるため、たとえ専利出願前に製造開始された製品であっても、日本等の海外で製造された製品を中国に輸入・販売する行為や、それを購入したユーザが製品を使用等する行為については、先使用権の援用が認められない。また、製品の購入・使用者は、その購入経路を証明できるようにしておく必要がある点にも注意が必要である。
とは言え、先使用権の援用が認められることが明確に示されたのは、侵害リスクを検討する当事者にとって有益であり、実務の参考になる事例である。